AYAKO

退路を絶つ。病院では癌は治らない

病院に頼んであった紹介状が出来上がる頃には、もう転院の必要は無くなっていました。

病院へ行かずに、ママ先生の気功治療に通い出したところ、すっかり元気になっていたからです。

移転する予定だった病院は、お世話になった方が紹介してくれた有名な先生の病院だったので、以前のわたしだったら、お断りするのも、気が引けてしまったかもしれません。それに、勿体ないとも思ったかもしれません。

だけど、癌が見つかってからのわたしは、自分の気持ちを一番に考えるようになっていましたし、わたしにとって、もはや西洋医学の三大療法は、二番手、三番手の選択にもなり得ないとわかっていました。

素直な気持ちを書いてメールをお送りしてみたところ、「治療が必要になったら、その時は最高の治療をします」というお返事をいただいて、正直にお伝えして良かったと、晴れ晴れした気持ちになりました。

この先生を紹介してくれた方もまた、若い頃に癌になった経験を持っていました。

この方が、大切なアドバイスをしてくれたのですが、それは、治療法や医師は「自分で納得して選ぶ」こと、そして最後に決めるのは「直感だ」というものでした。

ヨシさんとの出会いでようやく道が開けてからのわたしは、RPGの主人公のように気になるものを次々選んで、スピーディーに、どんどん動いていきました。ちょうど、ドラクエでヒントを次々見つけながら旅を続けていくような感じです。その時に頼りになったのは、やはり自分の感覚、直感でした。

その過程で、ママ先生に出会いました。ようやく納得のできる治療法が見つかって、ママ先生の気功治療と、自分なりの治療で、必ず癌が治るという確かな自信も芽生えました。

癌が見つかってからすぐの頃には、諦めて手術をしないといけないんじゃないか?と、不安が頭をよぎった事も何度かありました。だけどその度に、なぜかわたしが授乳しているイメージが心に浮かぶのでした。

そのイメージは繰り返し繰り返し浮かんで来て、わたしは小さな男の赤ちゃんに、乳癌の見つかった方の左胸で授乳をしていました。愛おしくて、幸せな気持ちでした。

わたしは、そのイメージは、近い未来のものかもしれないと思いました。不安に負けて、癌を手術で取ってしまったりすれば、その未来は実現できません。わたしは、弱気になるたび、心に浮かぶ授乳のイメージに助けられていました。

さて、転院しないことを決めて退路を断ったわたしは、ようやくほっとしていました。

ここからは、自分の望む方向へ進むだけです。

この頃からわたしは、癌の治療と研究が楽しくて仕方がないと感じ始めていました。

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