AYAKO

ブログを書くことについて、思うこと徒然

治療の記録をしようと決めた時、どこに書こうか迷ったのですが、人の多いアメブロやはてなブログではなくて、あまり目立たない場所で書き始めることにしました。

理由は、考え方の合わない人、特に、意見を押し付けてくる人に色々と言われるのが嫌だったから。

癌が見つかってすぐの頃は、自分のことで精一杯で、他人のためにエネルギーを使いたくありませんでした。

実際、標準治療をやらないことについて、仕事仲間や友だちのネガティブな反応も多少ありました。それだけでも多少、参っていたのです。ましてインターネット上の見知らぬ人から色々と言われたらと思うと、嫌でした。言っている本人は正義感のつもりだったりするので、容赦のないエネルギーをぶつけてきます。それに対応するのは、いまの自分にはしんどいな、と思ったのです。

最近はごくたまに、勇気を出してTwitterに更新のお知らせを投稿することがありますが、やはりネガティブな反応もあります。実はその人自身が遣り場のない思いを抱えていて、それをぶつけてきているのだなとわかりますが、それでもやっぱり、その瞬間は嫌な気分です。

自分の記録として始めたものだから、そんなに広まらなくてもいいと思いつつ、でも、もしかしたら同じような選択をしている人の役に立てることもあるかもしれないから誰かが検索をすれば見つけられるぐらいの場所に情報を置いておきたい。それと、同時期に癌が見つかった友だちがいたので、いつでも必要な時に読んでもらえるように、という気持ちもありました。

それらの気持ちを天秤にかけて、あまり目立たないところに書くという選択をしたのです。

だけどいまは、「もっと早い段階で知っていれば」と思うことも多いので「こういう選択肢もあるよ」と、興味のある人に伝えられたらいいなと思っています。

こう思うのは、自分の健康状態がどんどん良くなっていて、このやり方で治るというのが、確信になってきているからだと思います。

日本人の二人に一人が乳がんにかかるとも言われているのに、わたしが欲しいような情報は、それほど多くありません。乳がんの情報は、溢れているようで偏っていて、圧倒的に情報不足なのです。

現代の西洋医学と代替療法は、なぜかまるで対立構造になっていて、多くの場合、どちらかを支持する人は、もう一方に批判的です。本当は検査や発見は西洋医学、根本的な治療は自然療法、急な症状には西洋医学の対症療法、というように、双方の良いところを活かして役割分担できれば良いと思うのですが。

もう随分前に、癌の代替療法について、糸井重里さんが「癌に魔法の治療法は無い」と書いた記事が話題になったことがありましたが、代替療法については、批判的に読めました。影響力の強い人だけに、残念でした。

代替療法には色んなものがありますから、疑問に思うような治療法も多くあるのは事実です。

患者が焦りからあれこれと手を出したり、特定の治療法を盲信して依存したり、すがったりするのは良くありません。

これは、標準治療だろうと、代替療法だろうと、同じことなのですが、対立構造の中にいると、そのことに気が付けないのではないかと思います。

癌の治療で大切なのは、“治療法ジプシー” にならないこと。

自分で自分の治療法を選び、自分で治すと決めることです。

わたしは自分の身体が教えてくれることが自分にとっては一番正しいのだという思いを、日に日に強くしています。そして、何より、自分の直観を信じています。癌の治療で一番大切なのは、自分との対話なのかもしれません。

そう思うと、こうして書くことも、自分との対話のひとつの形なのでしょうね。

かなり不定期の更新にも関わらず、投稿すると読んでくれる人がいて、いつからか、時々コメントをもらったり、メールをもらったりするようになりました。とてもうれしく思っています。

このブログを通じて知り合ったお友だちは、年齢も住んでいる場所もバラバラだけど、同じように乳癌を患っていて、同じような心細さを抱えているのを感じます。だけど、みんなたくましい。そのことに、いつも励まされています。

癌の “積極的な自然療法”

自然療法を選ぶなら、癌の細胞診、組織診(針生検)はやらない方がいい