我慢しなくて偉かったね!と言おう

まだ病院で検査を受けていた頃のこと。ふと、病院の廊下で、子どもの頃に「我慢して偉かったね」と言われたことを思い出しました。

大人たちは、なんであんなことを言っていたんだろう?

いろんなことを、歯を食いしばって一生懸命我慢していた小さい自分を思い出して、哀れむような気持ちになりました。

わたしたちが子どもだった昭和の時代は、我慢をすると偉いと言われたものでした。

そのせいで、大人になった今でも、我慢を美徳だと思ってしまったり、もっと悪いことには、無意識に我慢してしまう癖がついている人が多いと思います。

わたしにも、もれなく、当たり前のように我慢をしてしまうところがあります。

「癌になりやすい人は、我慢強い人」と、何かで読んだことがありますが、本当にそうなのかもしれません。

自分で我慢をしているのに気が付かず、無自覚に無理を続けてしまうから、身体の方から「このままではいけないよ」とストップがかかるのです。

癌のような病気になれば、さすがに立ち止まるきっかけになります。

それぐらいの強制力でリセットしないと、「我慢して偉かったね」と言われて育った子は、我慢をしたまま走り続けてしまうのだと思います。

なぜなら、我慢する時、自分が嫌なことをしているとは、それほど思っていないのです。

我慢すると「偉い」と褒めてもらえたのだから、我慢ができる自分のことも、好きなのです。

子どもの頃は、「我慢して偉かったね」という言葉が表しているように、我慢をしておいたほうが生きやすい社会だったのだと思います。

だけど、時代は変わり、子どもだったわたしたちは大人になりました。

無意識の我慢は、いまはもう自分にとって役に立たないプログラムとなって、無自覚に自分を苦しめています。

これからは、我慢をしないで正直でいることの出来た自分に対して「我慢しなくて偉かったね!」と言ってあげたいと思うのです。

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