手術は、わたしの望みではない

代替療法を調べるうちに、台湾には癌を漢方で治すお医者さんが居ることを知りました。それで、中医学や漢方に感心が向きました。

彼らの考えは西洋医学とはまるで違っていて、中には手術や抗がん剤をやってしまった後では、診ないという方針の医師も居ると言います。針生検すらやらない方がいいという考えのようでした。

わたし自身、検査にも疑問を持っていましたし、自分の身体にメスを入れるイメージが、どうしても持てませんでした。

それでも、この時まではまだ、まず手術をして、その後時間をかけて自然療法に取り組むのが利口な選択なのでは?と考えている部分もありました。

手術をしないと言ったら、愚かだと言われるんじゃないかという恐れもあって、躊躇っていたのです。

それで何度か、手術をするのも仕方がないかもと考えて、可能性をイメージしてみようとするのですが、どう妥協しようとしても無理でした。

「部分切除で済むなら良かったね」と言われましたが、自分の身を切り出すなんて、ぞっとしました。

「いまは再建技術が良くなっているから」と言われても、気休めに思えました。そういう問題ではなかったのです。

手術は、わたしの望みではないのだ。

それなのに、望まないことを「良かった、不幸中の幸いだ」と言って、強がって生きていくのなんか、白々しい。絶対に嫌だ。

わたしのおっぱいは、癌があるいまだって綺麗だし、わたしの身体は、これで完璧なんだ。

癌だって、わたしの大事な身体の一部だ。

わたしがどうしたいかは、もう、はっきりしていました。

だけど、最初に口に出す時には、少し勇気が要りました。

「あのね、わたし、やっぱり、どうしても切りたくない」

まず、彼に、そう切り出しました。

「自分で治せると思うから、やってみたいの」

彼は、落ち着いた様子で「そうすると思ってたよ」と言いました。

検査の結果が出る前から、冷蔵庫の中身がどんどん変わっていったこと、色んな種類の本が日に日に増えていくのに、彼も気がついていました。

自分で勉強して、自分の考えで決めたことを誇りに思うよ、と言って、わたしが決めたことを全面的に支持すると言ってくれました。

こうして理解してくれる人が隣に居て、わたしは本当に幸せだと思いました。

彼のお母さんもまた、癌の経験者でした。癌が見つかるまでは元気だったのに、治療でどんどん弱っていくのを見て、疑問を持ったと言います。

これで、進む方向は、はっきり決まりました。もう、迷いもありませんでした。

具体的な治療法はまだ何も見えていませんでしたが、必要な情報はそのうち集まってくるだろうと思いました。

その次の日、友人から、北里大学東洋医学総合研究所の先生が、月に一度だけ、わたしの住む学芸大学に診察に来ていると教えてもらいました。

幸運にも、ちょうどその週に診察日がありました。まずは、漢方薬を処方してもらおう。わたしは、診察日を楽しみに待ちました。

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