目覚めは日常の中にあるもの

目覚めは日常の中にあるもの

聡哲鍼灸院」の聡哲先生に薦めてもらって、アニータ・ムアジャーニさんの『喜びから人生を生きる! ― 臨死体験が教えてくれたこと』を読みました。

彼女のことは、ウエイン・W・ダイアー博士が推薦していて、この本が出版された頃に「末期癌から生還した奇跡の人」として話題になっていたのを知っていましたが、当時はそれほど興味を持ちませんでした。

「臨死体験をして覚醒した人」という程度のことしか知らなくて、「みんな、そういうドラマが好きなんだなぁ」と、少し冷めた目で見ていました。

ところが自分が癌を経験したいま、読んでみると、彼女の気持ちや言っていることが本当によくわかって、素晴らしい本だなぁと思いました。

癌を患っている人やその周りの人に、ぜひ読んでほしい一冊です。

臨死体験がきっかけで目覚めたというのは、スピリチュアル界隈ではよく聞く話ですが、わたしたちは、目を覚ますために、それほどに強烈な体験を本当に必要とするのでしょうか?

わたしと同時期に、友人に癌が見つかりました。

彼女からそれを聞いたのは、わたしの癌が見つかるよりもほんの数日早くて、その時わたしは、不謹慎にも「癌がきっかけで覚醒するのかな」と、少し羨ましいような気がしたのを覚えています。

その数日後には、自分の癌が見つかったわけですが、たしかに癌のおかげで、自分自身が急速に癒されたのは事実でした。

皮肉なことに、命に関わる病気になって、生と死と、そして自分自身と向き合ったことで、いつも自分自身を一番大切にし、いつも「いま」という瞬間に居るようになったのです。

そうなってみると、気付きがどんどん起きて、物事がどんどんはっきりと見えるようになっていきました。

特別な人だけが、特別な目覚めをするのではないか?

臨死体験は、特別な人だけに起きるのではないか?

以前のわたしには、そんな風に思っているところがありました。

ところが実際には、気付きは日常の中にあって、もやが晴れるように、徐々に意識がクリアーになっていき、それに従って、さらに気付きが起きていくのでした。

目覚めは、特別な人だけの特別な出来事ではなく、日常の気付きの延長線上にあって、いまこの瞬間に、すでにあるものだったのです。

いま、この瞬間を大切にできていれば、癌のような病気になったり、臨死体験をしたりする必要は無くて、本当は、すでに目覚めていることを思い出すだけでよいのかもしれません。

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